世界を代表するメンズファッション?イベントのひとつ、「第108回ピッティ?イマージネ?ウオモ」がイタリアのフィレンツェで2025-08-07から4日間開催された。今回バイヤーたちに公開されたのは、主に2026年の春夏物である。しかしながら従来のピッティ=クラシコ?イタリアの既成概念を超越した展開が多くみられた。さあ、読者諸氏の心の準備はよいだろうか?

2026年?春夏の潮流は?
イタリアにおけるメンズファッション産業の行方は予断を許さない。会場でも、さまざまな出展者が、大切な輸出先のひとつであるロシアの地政学リスクや、中国経済の減速が不安であると筆者にもらした。
イタリア産業連盟とイタリア中央統計局のデータによれば、この国の紳士ファッション産業における2024年の売上高は114億2600万ユーロで、前年比3.6%減であった。品目別で見ると皮革製品は順調だが、ネクタイ、シャツ、ニットウェアなどが足を引っ張っているかたちだ。服装のカジュアル化が加速していることがうかがえる。
さて、気になる2026年春夏のトレンドを占うべく、「ブルネロ?クチネリ」を例に解説しよう。彼らのテーマは「The Shape of Light」だ。ブースにいたスタッフの解説によれば、その意味は「光のかたち」というよりも「軽やかさや明るさ(色)が見せるかたち」であるという。
色では「主張しすぎない主役」として、オレンジ、アプリコット、コーラルレッドといった赤系や、ロイヤルブルーといった鮮やかな色調を、明るい白や優雅なニュートラルカラーと合わせることで際立たせている。
テーラリングに関していえば、1990 年代初頭を想起させる、長めのジャケット丈が印象的だ。これは筆者の観測だが、2025年夏に着丈短めのものが目立つのと対照的である。また90年代的スタイルという意味では、ラペル(襟の折り返し部分)の広さも、その傾向を表しているといえよう。
それらのディテールを総括するように、ブルネロ?クチネリは「過去と現在、構築感と流れる質感、厳格さと?然体。その間を巧みに往来しながら、堅苦しさから解き放たれた男性像」と解説している。ボリューム感をもたせながらもテーパードを効かせたトラウザーズも、そうしたポリシーを反映しているといえよう。


厳格さと自然体の融合は「トンボリーニ」にもみられる。創業3代目のシルヴィオ?カルヴィジョーニ氏は今回、超軽量タキシードを発表するとともに、スポーティーなライン「ランニング」のラインアップ充実をアピールした。

いっぽう、同名のブランドのファウンダーであるガブリエレ?パジーニ氏にとって、色はトレンド以上に尊いもののようだ。「文化であり、命である」であるという。しかし同時に「自然である」と答える。やはり解放感は、来夏のメンズファッションを語るうえで必須ワードとみた。

自転車からファッションを語る
ピッティでは1月?6月とも毎回テーマが設定される。今回のそれは「Pitti Bikes(ピッティ?バイクス)」、すなわち自転車だった。その心は? ということで、主催者による公式資料を紹介しよう。「自転車は、個人的でありながら集団的、高性能でありながらのんびりとしている。テクノロジー的でありながら職人的、進歩的でありながら伝統的、競争的でありながらフレンドリー、未来的でありながらヴィンテージ的です」。そうした二元性は、モードが含有するものと共通する、という思考だ。
自転車生活とファッションに共通する二項対立については、ピッティのパブリシティーに参画している写真家アレッサンドロ?ティンパナーロも言及している。「制御や合理性、または決められた道に従いたい欲求があるいっぽうで、感情的なリズムに従いたいという欲求もあります」。たしかに服装においても、常識に沿って完成する満足感と、それを破ることによって得られる快感がある。
自転車とウェアに関連した催しとはいえば、ピッティは2024年に別のメッセで開催済みだ。フィレンツェが自転車レース「ツール?ド?フランス」のスタート地点として選ばれたのに合わせたものであった。
ビジネス的観点から見れば、出展者が減少傾向にあるなか、新たな分野にアプローチすることで、その数を少しでも増やそうという主催者の試みがあることは明らかだ。参考までに2023年6月のピッティでは825ブランドが出展し、来場者も1万7千人を記録したのに対して、今回は740ブランド?1万5千人であった。


今回会場の一角に設けられた専用パビリオンには、ウェアや高級テイラーメイド自転車など10の出展者がスタンドを展開した。
ウェアを扱う数ブランドで話を聞いてみると、共通点があった。ひとつは創業者自身がプロもしくは高度なアマチュアサイクリストであること。もうひとつは派手さばかりが目立つ既存製品に不満をもつうち、よりエレガントな自らのブランドを立ち上げてしまったことだ。一般のアパレル同様、彼らのサイクリング用ウェアを選ぶことは、そうした創設までの物語を共有することであり、機能性のみを優先した従来品とは異なる世界観を獲得できるだろう。

変節に立ち会っている興奮
今回の名誉ゲストは「オム プリッセ イッセイ ミヤケ」だった。同ブランドは2013年の創設以来、独特のファブリックプリーツ技術によって、速乾性、シワになりにくさ、そして折りたたみやすさを世界で訴求してきた。
会期2日目、かつてメディチ家のヴィッラだった館で開催されたショーに関して、デザインチームは「イタリア全土の旅行とフィールド調査に基づいたもの」と解説する。


対して、長年の来場者に最も衝撃を与えたラジカルな出展といえば、アニース?アローラ氏によるレーベル「ペロ」であろう。
彼女は「地元の素材とスキルを駆使しながら国際的な美しさを解釈し、我々を取り巻くものからインスピレーションを得て、世界のどこでも人々とつながるプロダクト」をモットーとしているインドのデザイナーである。
彼女が2025年春夏コレクションからパートナーとしているのは、2024年に誕生50年を迎えた「ハローキティ」である。名づけてHELLO Péroだ。

ペロはハローキティを選んだ理由として、三つのシンプルな共通のポリシーを説明する。それは「愛されるためには、他の人に親切にする必要があります」「人間のつながりは重要です」「誰もが仲良くなるべきです」だという。
展示されたコレクションには、ハローキティのほか、チェリー、イチゴ、リンゴ、カップケーキ、牛乳パックといった、ハローキティのお気に入りがちりばめられている。

個人的な述懐で恐縮だが、ペロのブースを見ながら思い出したのは、高校生だった1980年代、東京?田園調布にサンリオが開設した「いちごのお家」というショップだ。同級生の女子たちが話題にしているのを聞いた筆者は、ある週末こっそりと行ってみたのを覚えている。そこの主役だったハローキティが、メンズファッションの祭典にやってきてくれるとは!
オム プリッセ イッセイ ミヤケ、ペロいずれのブランドも言及していないものの、今回彼らが披露したコレクションからは、従来のジェンダーに対する固定観念を超越したものを感じざるを得ない。それもクラシコ?イタリアをはじめ、男性らしさをさまざまな角度から模索し、発信してきたピッティという舞台だけに、さらに鮮烈に映るのである。
だが考えてみれば、17-18世紀の貴族社会における服飾のジェンダー感はもっと自由だった。フランス国王ルイ14世はハイヒールを、J.S.バッハをはじめ宮廷に仕えていた作曲家たちはウィッグ(かつら)を着用していたのをみればわかる。
そうした意味で、私たちは服飾史において面白い変節に立ち会いつつあるのかもしれない、という興奮を感じさせてくれたのも、今回のピッティだったのである。?

文:大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA
写真:大矢麻里 Mari OYA /Akio Lorenzo OYA